Market Quality Workshop– Law and Economicsが開催されました

12月16日に,京都大学経済研究所三田オフィスにて,法と経済学をテーマに4名5件の研究報告会を開催しました.ゲーム理論分析に基づく理論的な視点からの研究(本領崇一氏,森大輔氏)および種々の実証研究(小松原崇史氏,太田勝造氏)が報告されました.危機時の情報伝達の分析,裁判における賠償金支払いの制度設計,証券市場の市場の質分析,社会規範の規制力や法曹の質の分析というそれぞれのテーマ設定からもお分かりいただけるように,異分野合同での研究報告となりました.今回,参加者約15名それぞれの専門性に基づき意見を交換する貴重な機会を設定できたものと考えております.以下,それぞれの報告について簡単な解説を行います,詳しい研究内容についてご感心のある方は,著者に直接ご連絡ください.

◆ 本領崇一 (Assistant Professor, University of Mannheim)「危機下の情報伝達:ベイジアンアプローチ」

災害発生時には,政府から発表される情報の正確性に関する懸念がたびたび起こる.この研究ではゲーム理論のツールを用いて危機下の情報伝達をモデル化し,政府の情報伝達の傾向を探求している.この論文が扱うモデルでは,合理的な政府と民間がそれぞれ危機回避のための事前と事後の対応を行うが,民間は災害のレベルを知らずに政府の発表に基づいて自身の対応を決定すると仮定する.また,民間は政府発表の正確性に対して独自の信念をもっていると仮定する.政府は災害のレベルを知っており災害のレベルについて民間にアナウンスをするが,政府は事故からの被害とその後の政府への評価を考慮し事故のレベルに対するメッセージを選択する.本研究の結果は,政府の評判に対する関心・批判回避のインセンティブが正確な情報の伝達を妨げることを示し,多くの状況下で,中レベルの事故と小レベルの事故が同様に伝えられることが示されている.

◆ 小松原崇史(京都大学経済研究所 特定講師)「効率性と公正性基準による日米の証券市場の質」

本研究プロジェクトで提唱している「市場の質」の理論では,市場の質を公正性と効率性の観点から定義している.本報告では,日本とアメリカの証券市場の質を実証的に分析し,実証研究の観点から市場の質研究を前進させる.透明性が低く公正でない市場では市場リターンのばらつきが大きいことを仮定し,公正性の増加によって市場参加率が増加しない市場を比較的公正な市場と考えて公正性を推計する.また,知識のある投資家は効率性の高い市場でのみ市場参加すると仮定して,効率性の推計を行う.以上の観察を基礎に市場の質を推定する実証手法を開発し,日本とアメリカの証券市場の質の比較を行っている.日本とアメリカの一般消費者を対象に行われたインターネット調査(日本人約7500人,アメリカ人約4300人が回答)を用いて,アメリカの証券市場が日本より市場の質が高いことが議論された.

◆ 森大輔(熊本大学法学部 准教授)「被告支払額と原告受取額の切り離しと、訴訟性向関数の関係」

通常の裁判においては,被告の支払額と原告の受取額は等しい.しかし,懲罰的損害賠償の一部を国や州が受け取る制度(split-recovery statute)がアメリカでは実施されているし,また,ある争点に対する判断を他の当事者が援用したり,他の当事者に対しても援用できる(非相互的な争点遮断効)ことを考慮すると,被告支払額と原告受取額を切り離して分析することは重要な課題である.Kahan – Tuckman (1995) による先行成果では,和解成立確率に関して不透明な結論しか得られていなかったが,本研究では「被告の総賠償額のうち原告の取り分の割合が小さくなるほど、和解が成立しやすくなる」という明確な結論が得られている.本研究では,採用された勝訴確率のベイジアン的な導出など,議論を補強するための精密な分析が展開されている.

◆太田勝造 (東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「社会規範による非公式の制裁の有効性についての人々の評価」

「社会規範による非公式の制裁は人々の行動を実効的に規律している」という前提に立ち,「人々は社会規範による非公式の制裁が有効だと信じている(仮説1)」と「人々は法制化の効果について懐疑的である(仮説2)」という2つの仮説を検討する.7つの社会規範違反行動(マナー違反,集合的決定のごまかし,条例違反など)に対する4つの非公式制裁行動(周囲白眼視,権威の叱責,被害者文句,ネットで批判)に関してアンケートを行い,それぞれの違反行動に対して各種非公式制裁行動の効果と,法制化の効果に対して調査をした.分析の結果,社会規範による非公式の制裁は無効だと信じられており(仮説1に対する反証),法制化は多くの場合(ゴミ投棄などゴミ関連以外)に実効性がないと信じられている(仮説2に対する部分的な反証)ことを示している.

◆「民事弁護の質の計測:弁護士による弁護士評価」

近年の弁護士数の増加に伴って法曹の質の低下が頻繁に議論されるようになったが,主観的な評価に基づく議論が多かったのが実情である.これには「『法曹の質』の中の『民事弁護の質』をどう定義するか」,「民事弁護の質をどう計測するか」という課題があり,適切な評価がこれまで行われてこなかった.本研究では,訴状・答弁書の出来栄えや,要を得た立証活動か否かなど,訴訟記録を読んで評価できる事項8つの項目について,民事訴訟記録(予備調査103件,本調査191件)を熟練弁護士2名が個別に評価し,豪勢尺度として民事弁護の質を定義している.さらに,この尺度を用いて「弁護士の提供する民事弁護の質と,訴訟の結果の有利不利とは相関する(仮説1)」という仮説と「弁護士の提供する民事弁護の質は経験を積むほど向上する(仮説2)」という2つの仮説を検定し,仮説1については肯定的に,仮説2については否定的な結論が導かれている.